『夢でまた会いましょう』広夢のお話。


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「…え?……俺の足、治らないんですか!!?」





俺はそこが病院だということも忘れ、思いっきり叫んでいた。
足には真新しい包帯。今さっき巻きなおしてもらったばっかりだった。


「そうじゃないんだよ。…ただ、長時間の激しい運動は避けた方が良い状態なんだ。
君…広夢君の足は1ヶ月くらいあれば治るけど、それ以降もあまり激しい運動をしない方がいい。
詳しい話は広夢君のお母さんに言ってあるけれど…。」

「………サッカーは?」

「治ったら続けてもいいけれど……。…今までみたいには動けないかもしれないよ」

「………!!」

「広夢………。」


母さんが俺の名前を呼ぶけど、振り向くことは出来なかった。
ただ、受け止めがたい事実に呆然として………。認めたくなくて………。
次の瞬間には、診察室を飛び出していた。


「広夢!」


…が、怪我をした足では思うように動けず、案の定部屋を出てすぐのところで転んでしまった。
追いかけてきた母さんが、床に着く寸前で俺を受け止める。


「広夢、落ち着いて!サッカーが出来なくなるわけじゃないのよ!」

「うるさいな、ほっといてよ!」


サッカーが出来なくなるなんて冗談じゃない!俺の大好きなサッカーが………!


「いいから落ち着きなさい!」

「離してって!!」


もがくけれど、母さんは離してくれない。
すぐに先生も駆けつけてきて、俺を無理やり立ち上がらせた。


「嫌だ!!」


頭がこんがらがって、よく分からない。自分が何を言っているのかも、自分がどうすればいいのかも。
分からなくて、分かりたくなくて、悲しくなってきた。不意に目頭が熱くなる。

俺は…俺はサッカーが好きで…!だから、今日も皆で練習して……。
もうすぐ練習試合があるんだ。だから、張り切って練習していたんだ!…なのに………なのに!!何でこうなるんだよ!
俺はサッカーが好きなのに!俺は少年団で一番サッカーが上手かったのに!
何で………何でっ!!!

無我夢中で手足を振り回す。足はあまり動かなかったけど。それが余計に不安にさせた。
とにかく、信じたくなかった。嫌だった。だって、大好きだったから。サッカーが、大好きだったから。




「お前、何やってんだよ」


聞き覚えのある声が耳を掠めたと思ったら、いきなり頭に強い衝撃がきた。…正確には、頭を強く殴られた。
びっくりしてそっちを見ると、そこには俺の幼馴染兼親友の、磐田薫が立っていた。
眉を顰めて、呆れたような顔をしている。
薫の突然の出現に、思考が一瞬停止する。

俺の顔を見た薫が、その顔を苦笑に変える。
気づいてみると、俺の顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。
慌てて顔を逸らすと、薫は軽く笑って側に寄った。そのまま自分よりも低い俺の頭に手を載せる。


「いいから落ち着けって。今暴れてちゃ治るもんも治らないだろ?」

「………」


治る…。……治るって言ったって、俺はもう………。
勢いが途絶えてしまい、行き場を失った悲しみは、もう涙として流れるしかなかった。


「薫っ!!!」


耐えられなくなってしまい、俺は薫に縋り付く。
薫はやれやれといったように肩をすくめたが、どかずに俺の背中を2回叩いた。
…後になって思えば、すごく恥ずかしい行動だった……。





























練習試合はもちろん参加できなかったが、それ以上にショックなことがあった。
足の怪我によって、レギュラーを降ろされてしまったのだ。
この出来事によって、俺のわずかな希望は完膚なきまでに打ち壊されてしまった。
































日が暮れる。
誰もいない教室に、赤い夕陽が差し込んでいる。
下校時刻はとっくに過ぎていたけど、俺は帰る気分にもなれず、一人教室に佇んでいた。

校庭でサッカーをしていた奴らも、もう帰り始めている。
転がったままだったボールを、地面に黒い影を伸ばした誰かが片付けに行く。
それをぼんやりと眺め…。俺は包帯の巻かれた足に目を落とした。
………俺だって……。……俺だって。

俺だってサッカーがやりたい。





教室のドアが開く音がした。
…先生、だろうな。怒られるかな?




しかし、そこに立っていたのは、今もっとも会いたくない相手だった。





「広夢……、やっぱりまだ帰ってなかったんだな………」



そいつは、遠慮がちにこっちを見ている。
今はその行動すら気に障る。


「……ごめん」


俺が黙っていると、そいつは視線を落としてそう言った。
…今は声も聞きたくないってのに。


「……ごめん」


さらに黙っていると、繰り返し同じ言葉を口にする。
それしか言えないのだろうけど、俺はもうそんな言葉も聴きたくなかった。


「帰れよ」

「…え?」

「帰れって。ほっといてくれ」

「………」


そいつが押し黙るのが気配で感じ取れる。俺はすでに、また窓の方を向いていた。
しばらく沈黙が続いたが……諦めたのか、帰っていく気配がした。


「………」


あいつ…。あいつが、練習中に俺の足を壊した張本人。
悪気は全くなかっただろう。あれは事故だ。
ボールを持っていた俺に、あいつがスライディングで突っ込んできた。
…そして、俺は運悪く怪我をした。……それだけだ。

あいつを恨むのは間違っている。…それは分かっている。
…それは分かっているんだけど…。
頭で理解していても、心は追いつかない。間違いなく、俺はあいつを恨んでいる。

でも、そんな自分が情けなくもある。
間違いだと分かっていて、それでも尚あいつを恨む自分が、どうしようもなく情けない。
もう、何も考えたくない。色々なことを考えていると、延々と悪循環が続く。
窓枠に腕を乗せ、その腕の上に頭を乗せた。……また涙が出てきそうだった。





「…あれー?誰かいる??」





そんな時、突然、明るい声が舞い込んできた。
その声に、どきっとする。

………この声って、もしかして………。


「あー、広夢君じゃない!どうしたの?気分悪い??」


慌てて袖で出てきそうになっていた涙を拭き、俺は顔を上げた。
…そこにはやっぱり、その声の持ち主、未幸ちゃんがいた。
……俺の、今一番気になっている女子。


「え?もしかして泣いてた??」

「な、泣いてないって!ってか、何で未幸ちゃん、こんな時間まで残ってるんだよ」

「私?私は先生のお手伝いしてたのよ。もうすぐ運動会だから、旗のほつれたの直したりとかね。」

「…ふーん………」


未幸ちゃんは女子にも男子にも好かれている人気者だ。運動も勉強も出来て、先生から頼られることも多い。
薫の女版、って感じだ。


「広夢君も早く足の怪我を治して、一緒にリレーの練習しようね!打倒4組だよ!」

「………」


クラスの奴らには、詳しいことは言っていない。治った後も激しい運動が長時間できないってことも。
普通に運動する分には構わないんだから、余計な気を使われたくない。
…でも。


「…足、引っ張ったらごめん」


日に日に気が重くなる。俺が悲しいだけでなく、周りの奴らにも迷惑かけるんだ。
運動会の頃には、包帯は取れている。様子は見ないといけないけど、練習ならできるんだ。
……その時、皆のがっかりする顔を見たくない。…減滅する顔を見たくない。
いつもだったら俺がアンカーを務めるのに……。きっと今回のアンカーは、クラスで2番目に速いあいつだろう。
あいつ…。俺の足を壊した、あいつ。

俺の言葉に自嘲めいたものを感じ取ったのか、未幸ちゃんは首をかしげた。


「何言ってんの。足を引っ張るなんてこと、あるはずないじゃない。
リレーってのは皆で力を出し合ってするものでしょ?皆の力で、全力なのよ?
…ううん、協力しあえばもっと力が出せるかも!皆の絆が、力になるのよ。
だから、足引っ張ることなんてないよ♪広夢君の力が皆の力で、皆の力が広夢君の力なんだもん」

「…………!」


壁に寄りかかって腕を組み、未幸ちゃんは先を続ける。


「足の調子が悪くたってさ、広夢君なりに頑張ればいいんだよ。皆、広夢君が頑張り屋なの知ってるから。
広夢君が持ってる力を全部出し切れれば、それでいいじゃない。落ち込む必要ないよ!」

「…………」

あんまりにも明るく前向きな未幸ちゃんに、俺は言葉も出ない。
…俺はそんなに暗い性格でもないけど。むしろ明るい方だと思うけど。彼女には勝てないと思う。


「一生懸命頑張ることが大事なんだよ!皆で力を合わせるってことが。
だって、負けたくないじゃない?皆で頑張って勝ちたいじゃない。
それでもし負けたとしても……あ、もしも、よ!絶対負けないからね?でも、そうしてもし負けても、頑張ったこと自体に意味があるんだよ。目標に向かって全力を出せたんだから。後悔なんてしたくないしね」

「…未幸ちゃん……」

「ほらほらー、だからさ。弱気なこと言ってないで、いつもの広夢君に戻ろうよ!
いつも一生懸命で頑張ってる広夢君、私、結構好きなんだよ」

「…っ!?」


…お、落ち着け、俺。今のは全然そういう意味じゃない。ほら、未幸ちゃんがきょとんとしてるじゃないか。


「どうしたの、広夢君?」

「あ、いや、何でもない。…でも、ありがとう、未幸ちゃん。俺、自分なりに一生懸命頑張ってみる。…4組にも、負けたくないしな」

「うん、そうだよね!打倒4組!」


ちなみに何故4組なのかというと、去年4組の奴らにすごく惜しいところで負けてしまったのだ。
俺がアンカーだったのに……すごく悔しかった。…今年はアンカーにはなれないだろうけど……でも。
少しでも速く走って、皆のために、バトンを繋ぐ。それでいいんだ。それが、今俺にできること。

未幸ちゃんの言葉に、何だか心が軽くなったような気がした。自然と力が湧いてくる。
…俺って結構単純なやつなんだな。

夕日の中で、未幸ちゃんが笑った。…俺も……いつも通りに、笑えたと思う。


「落ち込んでなんかいられないよな。そんな時間もったいない。
……ってか、腹減った〜〜。俺、家帰るわ」

「ああ、うん。もう下校時刻とっくに過ぎちゃってるもんね。途中まで一緒に帰る?」

「えっ!!?あ、いいよ、そんな!!」


他の誰かに見られたら何言われるか分かったもんじゃない。
俺の答えに、未幸ちゃんはというと気にした風でもなく…むしろ納得した様子だった。


「ああ、そうか!薫君がいるもんね。さっきそこで会ったんだった」

「え?薫、いるのか??」


先に帰ったと思ったけど…。ってか、先に帰れって言ってたんだけど。


「うん。声をかけたら、広夢君が落ち込んでるから慰めてやってくれって……。って、あ。これ言っちゃいけなかったんだっけ?」





ぶつっ。





…何かが切れる音がした。………恐らく、俺の頭から。





「か〜〜〜お〜〜〜〜る〜〜〜〜〜っ!!!!」





俺が叫ぶと、入り口の向こうの方から「やべ!」という声が聞こえてきた。
薫め…………余計なことを!!

くっ、足が上手く動かないってこんなに不便だとは…。今この瞬間に、薫をとっちめに走りたいってのに。


「頑張れ〜〜!でも、無茶しちゃ駄目だよ〜〜!また明日ね〜〜♪」


俺がよたよたと松葉杖を使って教室を出ると、後ろから未幸ちゃんの声が聞こえてきた。


「うん、また明日」


片手をあげて、未幸ちゃんと別れる。
薫は………もう暗くなり始めた廊下の向こうに立っていた。…覚えてろよ。

薫のところに歩きながら、ふと、あいつのことを思い出していた。
……さっき、俺よりも泣きそうな顔をして、俺のことを見ていたあいつのことを。
…明日、声をかけてやるか。一緒にリレー、頑張ろうって。アンカー、頑張れって。
ついでに、負けたら承知しないぞとでも脅しといてやろう。…そう、負けられないからな。

でも。いつまでもアンカー譲っとく気もないからな。
リハビリでも何でもして、必ず今までみたいに…いや、もっともっと早くなって、サッカーも上手になってやる。
覚悟しとけよ。

…そのためにも。
……今は薫に一刻も早く追いついて、どつくことから始めよう。
あんにゃろーー!!!


                              「夢でまた会いましょう」に続く







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後書き



ってなわけで、「夢また」最終回公開記念SS、「広夢のお話」でしたw
い、いかがでしょう;女々しい…かな、広夢;;
このお話は、「夢また」ボイスドラマ本編で出てきた広夢が足を怪我した時のお話です。
広夢はいつも真っ直ぐで明るい奴ですが、根が真面目なので落ち込んだ時にはすごく
考え込んでしまうのです。で、そんな自分は好きではないので悪循環。
そんな彼を救ったのは、やはり真っ直ぐで明るい未幸ちゃん。
彼女は素直で明るくてしっかりもので、しかもとても可愛いのでクラスでも人気者。
広夢も、そんな彼女に好感をもっているようです(^^)。しかも、今回のことでさらに好意が
増した模様。恋の方も全力疾走だ、広夢!(笑)
そんなこんなで、気に入っていただけたら幸いです。
では、読んでくださった皆様、ありがとうございました。


                          2004.9.4    モート





2004年10月8日、第8回ラジオと共に公開。
追記。
本編の編集が終わって勢いで書いたSSですが、相方に読んでもらったら、
「あ、出た」と言われました;;…くっ;ああ、出ましたよ(TwT)!
広夢の話っていったらやっぱ最初にこれが出てくるんだよっ;;
でも、気に入ってもらえたようなのでそれはそれで良し。
私は、この「夢でまた会いましょう」という作品がすごく大好きです。
それは、いつまで立っても変わることはないと思います。
この企画を立てれて良かったよ。全てのものに、心からありがとう。


                          2004.10.8